どうか、笑っていて。


こんな関係になる前、
前の恋人とは死別した、とあの人の仲間から聞いていた。
どうにもしてやれない無力さに、あの人は傷ついて、
今もまだ、自分を傷つけた痕が残っている。
消えない傷が、心と、体とに。


アイツがお前と巡り会ってよかったよ、と言ってくれたのは誰だったろう。
仲間内の飲み会に連れて行かれた何度目かに、
離れたテーブルで笑うあの人を眺めていたらふいに言われた言葉だった。
誰だったろう。
優しげでそれでいて凛とした空気を纏う彼か
一見近寄りがたくとも、不器用な優しさをもつ彼だったか。
どちらだったかは酔っていた自分の記憶からは抜け落ちてしまっているけれど、
優しい視線とかけてもらった言葉だけははっきりと。
溢れてしまった涙に、慌てて隣に飛んで来た恋人に抱きしめられて、
キツくフレグランスの香る胸で泣きながら、ここにいてもいいのだ、と思ったのに。

たった一枚の紙切れが、未来を殺した。


「さようなら」

悲鳴は飲み込んで。
最後にそう告げて、背を向ける。
もし気持ちが変わってしまっても、俺はお前が幸せならいいよ、と。
寂しげに微笑んだ彼を抱きしめてそんな日は来ないと言った記憶はまだ新しいのに。

愛してる。
心から、心からあなたを愛してる。
だから、さよなら。


ベッドの窓から見上げる空は、今日も青空、だそうだ。
かろうじてまだ聞こえる耳に、あの人のことを教えてくれる低い声。
ケンカしてアイツと一言も口きいてねぇよ、なんて言いながら、
あの人の日常を届けてくれる、優しいヒト。
どこに行ったとか、どんなのを作っているとか、仕事からプライベートまで。
今日は、
新しい恋人が出来た。
もちろん、恋人はアイツな、と。
ようやく聞きたかった言葉が聞けた。


愛した記憶と、
愛された記憶と。
俺の後輩ねと紹介された、背の高い彼がしてくれた約束を心に抱いて。
最後まで、意識がなくなる最後まで。
あの人に幸せな未来が広がっていますように。

あの人の笑顔を祈らせて。