「‥‥‥」

  2004.10.31 Legend D 無料配布 (トモ×酒井+大輝)





「よう…」
 くたくたになって帰り着いた玄関の前に座り込む人影。
 薄暗がりの中で、小さな赤い火が瞬く。
「……電話してくれれば、切り上げて来たのに」
「いーんだよ。それよりさみーから早く開けろ」
 煙草を銜えドアを背に座りながら鷹揚に言うトモに、酒井はため息をついた。
「どいて下さい。ドア開けられないから」
 この人はいつだってそうだった。自分勝手で我が侭。
 鍵を開けてドアを開ける。
 部屋の電気をつけ暖房を入れながら、酒井はこの後のことを思った。
 何度となく繰り返された、風呂に入って抱かれて朝を迎えて言葉なく別れる、お決まりのパターン。
 今日もそうなるのだろうか。


 最初は、ただの先輩だった。
 東堂塾の中で、トップに君臨する憧れの的。
 背中を見て、追い掛けて。東堂商会の社員として、メカニックとして以外に、走りで覚えてもらいたいと酒井が思ったのは、自然な流れだったろう。
 初めて声をかけてもらった時の事は良く覚えている。
「面白いな、お前。酒井っていったっけ」
 にやりと笑ったトモの顔。
「乗せな」
 ナビに座わられて、ひどく緊張した。
 格上と格下、先輩と後輩。遠く接点のないただそれだけだった関係が変わったのは、それから。
 気紛れが始まったぜ、という外野の呆れる声をただ笑い流して、トモは酒井の前に自身を見せつけた。
 先行するテールランプ。後追いされる圧迫感。誰もが切望するナビでその抜きん出たテクニックを見せる時も在れば、逆に酒井の横に乗りアドバイスを与える。
 いつの間にか、近すぎるほどに距離は近くなっていた。



 ほおを撫でる乾いた手に指をからめると、手のかわりに唇が降って来た。キスは好きだ。むちゃくちゃなようでどこか冷静に自分を残しているセックスよりも、ちゃんとオレを見ているから。
「‥‥どうした」
 覗き込む目は優しい。
「‥‥何も」
 目を閉じて、酒井は肩口に額を押し付けた。
 悟られたくない。本気で惚れてる事なんて。
 心のないのを優しい態度にすり替えるその狡さと優しさ。見せかけだと本心は流されないように気をつけていたのに、すっかり捕われてしまっていたことに気がつく。
 身体を這う手に、否応なく呼吸が上がる。快楽に流される意識の片隅で、酒井は恋人の事を思った。
 泣くだろうか。
 それとも怒るだろうか。
 

 春が来て夏になり、秋が過ぎて冬。
 気紛れが途絶えて一年が過ぎた頃、恋人が出来た。童顔の、後輩。
 キスしてセックスして。時間を共有して。
 あの人と違うのは、
「つきあって下さい」という言葉から始まったこと。
「好きだよ」と言えること。
「オレもです」と返してくれること。
 オレの恋人。


 おやすみと抱き締められトモが眠りに落ちていくのを背中で感じる時間は、幸せだけれども同時にいつもひどく寂しかった。ゆっくりと刻まれる鼓動と呼吸を聞きながら、何度声を噛み殺しただろう。
 完全に寝入ってからたっぷりと時間をおいて、回された腕を外した。起こさぬように身体を入れ替えて、そっと寝顔にくちづける。
「愛してます」
 あなたに言いたいこの言葉は、声に出すことは出来ない。
 ぽたりと溢れた涙が落ちた。





 朝が来たら。
 終わりを告げよう。
 愛しているとは言わぬままに。